指導・叱責がパワハラとなるとき
上司は、問題行動を行った部下を叱責したり、成績不良の部下を指導したりすることはできます。
しかし、そのような指導・叱責であっても、一定限度を超えると違法なパワハラとなります。
適法な指導・叱責とパワハラの境界線、違いは、言動が業務上必要かつ相当な範囲を超えたものといえるか否かです。
部下の私生活上のことは業務とは関係がありませんので、私生活上のことについて指導・叱責する業務上の必要性は基本的にはないというべきでしょう。
部下の私生活上のことについて上司が助言、忠告をすることが許されないとはいえませんが、しつこく指導等を続けるときには、パワハラの一類型である「私的なことに過度に立ち入ること」に当たる可能性が出てきます。
(参考裁判例①)
指導・叱責をする業務上の必要性があっても、指導・叱責の程度は部下の問題行動の程度にみあったものであるべきです(相当性)。
例えば、本人又は第三者の生命・身体への危険を防止するためや、セクハラ等の重大な違法行為をしているときには、比較的強度の指導・叱責をしてもパワハラとは認められないこともあるでしょう。
これに対し、ちょっとしたミスや成績不良に対して強度または執拗な叱責をすればパワハラと認められることにつながりやすくなるでしょう。
(参考裁判例②、③、④)
部下に対する指導・叱責は業務の改善のためのものです。指導・叱責の際の発言が業務の改善に向けられたものとは言いがたいときには、パワハラと認められることにつながりやすくなるといえます。
例えば、脅迫的な言葉や意地悪な言葉をかけたりすることは、業務の改善に役立つものとはいえません。
また、当然のことながら、容姿、性格、生まれ育ち等の人格を否定するような発言は許されないというべきです。
裁判例を見ていると、怒りに任せてそのような発言をしているのではないかと思われるケースが非常に多いです。
上司が心がけるべきことは、部下の人格ではなく行為に対して指導・注意をするという意識を持つことではないかと思うところです。
(参考裁判例⑤)
人前で叱責をすることは部下の名誉感情を害するものですが、部下の名誉感情を害してでも人前で叱責する必要は通常乏しいでしょうから、業務の改善に向けたものとはいいにくくなると思われます。
(参考裁判例⑥)
パワハラを受けている部下が上司の行動をただしたいとするときに、まずすべきことは何よりもパワハラ状況を録音することです。
上司が否定したときには証拠の存在が重要となるからです。
【参考裁判例】
①
市の課長の職員間の交際に関する言動が、職員の私生活に対する不当な介入であって違法であるとされた。
(福岡高判平成25年7月30日)
②
病院の上司が、事務総合職として採用された職員に対して、試用期間中に、時には厳しい指摘、指導や物言いをしたことがうかがわれるが、それは生命、健康を預かる職場の管理職が医療現場において当然になすべき業務上の指示の範囲内にとどまるものであるとされた。
(東京地判平成21年10月15日)
③
架空出来高の計上等の是正を図るように指示がされたにもかかわらず、それから1年以上が経過した時点においてもその是正がされていなかったことや、工事着工後の実発生原価の管理等を正確かつ迅速に行うために必要な工事日報が作成されていなかったことなどを考慮に入れると、上司らが不正経理の解消や工事日報の作成についてある程度の厳しい改善指導をすることは、上司らのなすべき正当な業務の範囲内であるとした。
(高松高判平成21年4月23日)
④
手続き上の軽微な過誤について、執拗に始末書の作成を求めた事案について、指導監督権の行使として逸脱しているとした。
(東京地裁八王子支判平成2年2月1日)
⑤
労務遂行上の指導・監督の場面において監督者が監督を受ける者を叱責しあるいは指示等を行う際には、労務遂行の適切さを期する目的において適切な言辞を選んでしなければならないとし、「殺すぞ」という言葉は、仮に「いい加減にしろ」という意味で叱責するためのものであったとしても、いかに日常的に荒っぽい言い方をする人物でありそうした性癖や実際に危害を加える具体的意思はないことが認識されていたとしても、特段の緊急性や重大性を伝えるという場合のほかは、そのような極端な言辞を浴びせられることにつき業務として日常的に被監督者が受忍を強いられるいわれはないとした。
(大阪高判平成25年10月9日)
⑥
生命保険会社の営業職員にとって不告知を教唆することはその職業倫理に反する不名誉な事柄なのであるから、上司として問いただす必要があるとすれば、誰もいない別室に呼び出すなどの配慮があってしかるべきであったとした。
(鳥取地裁米子支半平成21年10月21日)