暴力団トップに対する死刑判決
1 はじめに
福岡地裁において、令和3年8月24日に、①元組合長事件、②元警察官事件、③看護師事件、④歯科医師事件に関して、暴力団工藤會(以下、名称の変更前も含めて「A1会」といいます。)のトップ(以下「X」といいます。)に対して死刑判決が言い渡されました。同手続きにおいて、A1会のナンバーツー(以下「Y」といいます。)に対しては無期懲役判決が言い渡されています。
同裁判における争点は多岐にわたっていますが、①共謀認定の手法、②死刑判断の是非に関心がひかれましたので、判決文を読んでみました。
2 共謀の有無
(1)共謀とは
共謀(犯罪の共同遂行の合意)に基づいて犯罪が実行されれば、共謀のみに関与した者も実行犯と同様の責任を負うことになります。
この点、暴力団による組織的犯行において、組長が共謀に関与したことを立証することには難しさがあるように思います。実行犯らを特定できたとしても、組長は実行犯との間に中間者を入れてつながりをわからなくさせようとするでしょうし、そもそも実行犯らは上位者の関与について黙秘することが多いだろうといえるからです。
本件でも、Xが実行グループに指示をしたことを示す証拠がなかったため、それでも共謀があったといえるのかが問題となっていました。
(2)判決要旨
ア 元組合長事件
(事実関係)
平成10年2月18日に、路上において、漁業協同組合の元組合長である甲がけん銃で射殺されたという事件です。
甲の一族は、漁協に強い影響力を有するとともに、港湾建設工事等における下請業者の選定等に関し強い影響力を有すると見られていたとのことです。
事件当時は、被告人XはA1会若頭かつ田中組(以下「A2組」といいます。)組長でした。被告人YはA2組の若頭でした。
(裁判所の判断)
①本件がA2組の幹部を含むA1会の組員らにより組織的に敢行された犯行であること、②被告人Xには甲の一族へ圧力をかけて利権交際要求を成功させるという動機があったこと、③被告人Yは,本件の約3か月後、甲の息子にA1会との利権交際を要求していること、④A1会の先代総長と親密な交際をしていた甲を殺害するという決断を被告人Xの配下の組員が独断で行うことができるとは考え難いこと、⑤A1会ひいてはA2組は厳格な統制がなされる暴力団組織であって,本件実行犯らに犯行を指示できる組織の上位者としては被告人X及び被告人Yがまず想定されること、⑥被告人Xが、自らA2組の若頭に抜てきし、その後同組組長の地位を承継させるほど信頼を厚く置いていた被告人Yを飛ばして、A2組組員らに対して、直接本件犯行に関する指示を行い、あるいは本件犯行に及ぶことを承認するとは考え難いことなどを挙げた上で、被告人Xは、本件犯行に首謀者として関与し、被告人Y以下のA2組組員らに犯行を指示したものと認められるとしました。
イ 元警察官事件
(事実関係)
平成24年4月19日に、元警察官である乙が、けん銃で撃たれ、傷害を負った事件です。
乙は警察官として長年A1会の捜査に従事し、被告人Xを始めとする最高幹部と直接話のできる数少ない捜査員であったとのことです。
事件当時は、被告人XはA1会総裁、被告人YはA1会会長、ZはA1会理事長兼A2組組長でした。
(裁判所の判断)
①本件犯行はZ以下のA2組組員らにより、指揮命令系統に従って、組織的に、準備・遂行されていること、②乙をけん銃で襲撃すれば、即座に最高幹部を含むA1会組員の関与が疑われるため、Z以下のA2組組員らが被告人両名に無断で起こすとは到底考え難いこと、③被告人Yから厚い信頼を受け、寵愛されていたZが、自らを引き上げてくれた被告人Yや更にその上位の総裁である被告人Xにまで捜査の手が及びかねないような本件犯行を、被告人Yに無断で行うとはおよそ考えられないこと、④独断で乙襲撃をするまでの個人的な強い動機がZにあったことが証拠上うかがわれないこと、⑤A1会における重要な意思決定は被告人両名が相互に意思疎通をしながら、最終的には被告人Xの意志により行われたと認められることなどを挙げて、被告人両名が共謀に関与していたと認定しました。
なお、被告人両名と乙の間に確執があったことを示す複数のエピソードが認められ、これらは共謀の推認を支える事情とは認められるものの、直接の動機といえるかは不明であるとしています。
ウ 看護師事件
(事実関係)
平成25年1月28日に、看護師である丙が、刃物で刺され、傷害を負った事件です。
丙はXが手術等をした際の担当看護師でした。
(裁判所の判断)
①本件犯行がZ以下、多くのA2組組員、A2組一門であるA1会幹部らにより、指揮命令系統に従い細分化された役割を分担して、組織的に準備・遂行されたものであること、②被告人Xは,担当看護師である丙に対して強い不満を抱いていたこと、③被告人Xが丙に不満を抱いた時期と、本件犯行の準備が始められた時期とは矛盾がないこと、④被告人Yや本件犯行に関与したA1会組員らは丙と接点がなく、被告人X以外にはA1会内に犯行動機を有する者はいなかったこと、⑤被告人Xは、本件の2日後に、被害者名が匿名で報道されていた本件犯行につき、丙がその被害者であることや丙が刺されたという被害態様を知っており、かつ、本件犯行を肯定的に捉える発言もしていたこと、⑥被告人Xの気持ちを確かめずに丙を襲撃をすることは考え難いこと、⑦本件犯行に関与したZ以下の組員らが粛清ないし処分されていないことなどを挙げて、本件犯行は,被告人Xの意思決定によりなされたものと認定しました。
エ 歯科医師事件
(事実関係)
平成26年5月26日に、歯科医師である丁が、刃物で刺され、傷害を負った事件です。
丁は、元組合長甲の孫に当たりますが、親族が営む会社や漁協とは全く関係のない生活をしていたとのことです。
(裁判所の判断)
①本件は、被告人YがZに指示して、甲1会組員らに実行させたものであること、②被告人Xの関心事である利権介入に大きく関係し、かつ、多数の甲1会組員を組織的に動かすこととなる本件犯行について、被告人Yが、被告人Xの関与なしに、丁を襲撃するという本件犯行の実行指示を甲1会理事長のZにするとは到底考え難いこと、③被告人Yは、平成26年2月中旬頃、丁の親族に対し,丁の父(甲の息子)に個人的には危害を加えたくないが、自分だけの考えではどうにもならない旨の発言をしているが、甲1会においては、被告人Yより上位の者は被告人Xしかいないこと、④本件が発生した平成26年当時、A1会が利権に介入することができた場合には、不法な収益の相当部分を被告人Xが取得することが見込まれたと推察され、被告人Xには本件犯行の動機があること、⑤被告人Yと被告人Xが緊密に意思疎通を図っていた状況があったことなどを挙げて、本件犯行は、被告人XYが意思を相通じた上で、最終的には最上位者である被告人Xが意思決定したものと推認できるとしました。
(3)共謀の認定方法
裁判所は、共謀についての認定方法として、主に、①組織的に準備、実行されたものであるか、②被告人に無断で行われた可能性はないか、③動機を検討しているようです。
組織的に準備、実行されたものであれば、犯行グループの上位者からの指示があったのではないかとの疑いが生じます。犯行グループ内に高位の幹部が含まれていれば、組長が指示したのではないかとの疑いが生じるでしょう。
そして、犯行グループがその上位者に無断で犯行を行ったとは考え難いといえれば、上位者が共謀に関与したといえそうです。そのような事情があれば、上位者に忖度をして無断で行われたのではないかとの疑いが排斥されるということにもなります。裁判所は、本件において、事件の性質や組内の人間関係等から、被告人Xに話が通っていなかったとは考え難いなどとしていきます。
また、動機があれば、その者が犯行グループに指示をしたと推認させる意味を持ちます。ただ、犯行グループ内の動機を排除できなければ推認は強くは働かないということになりそうです。例えば、看護師事件では、被告人X以外に犯行関与者に被害者と接点を持つ者がいなかったということであり、このような事情があれば動機の推認力は強まるものと思われます。
3 死刑判決の是非
死刑の判断においては、死亡者の人数が最も大きな考慮要素といえますが、本件においては、死亡者は一人です。
この点、強盗殺人、わいせつ行為を目的とした殺人、身代金目的殺人、保険金殺人では、計画性、残虐性等も考慮した上で、死亡者が一人でも死刑となることがあります。自己の身勝手な欲望を満たす目的で殺人を行うということはより大きな非難に値すると考えられているからです。
裁判所は、被告人Xは巨額の利権を継続的に獲得することをもくろんで殺害しており、犯行の利欲性は保険金目的殺人や身代金目的殺人より一層高いと評するのが適切であり、しかもそれが反社会的集団である暴力団組織により計画的に実行されている点において、厳しい非難が妥当するとして、死亡者は一人であるものの、死刑を選択すべきであるとしました。
また、その他の3事件も併せ考慮すれば,死刑を選択すべき必然性はより高まるともしました。
思い切った事実認定がされて有罪判決となったときに、死刑を言い渡すことに疑問を呈される方もいるのではないかと想像でき、個人的にはその疑問はもっともなものと思うところです。ただ、裁判所ではその疑問はスルーされるのではないかと思います。
4 今後への影響
組長の立場からすると、身近な部下らが組の事業に関して犯行を行えば、自分が有罪となる可能性が生じると考えるでしょうから、身近な部下らが組の事業に関して犯行を行わないように留意するということに一層なっていきそうです。
また、死刑判決を導いた事件は平成10年に行われたものです。過去に遡れば、本判決で用いた共謀認定の手法により、有罪判決を獲得できそうな別の事件もありそうです。捜査機関が掘り起こすものなのか注目されるところです。
被告人XYは、報道によれば、控訴をしているとのことです。福岡高裁の判断が注目されます。
【参考裁判例】
「暴力団の若頭などの最高幹部を含む複数の組員が、当該暴力団の指揮命令系統にしたがって組織的に犯行を準備し、当該暴力団の活動であることを顕示するかのような態様で犯行を実行しているというような事実関係の下では、経験則上、特段の事情がない限り、その犯行は、当該暴力団の会長や組長が共謀に加わり、その指揮命令に基づいて行われたものと推認すべき」
大阪高判平成26年1月16日
(山崎)