モラハラ~目に見えない暴力~
「DV(ドメスティック・バイオレンス)」という言葉は,もう一般的に使われるほどに普及しましたが,皆さんはDVと聞いたとき,どのようなイメージを持つでしょうか。殴られたり蹴られたりして,血が出たりアザができたり…といった身体的な暴力が典型的なDVとして分かりやすいのではないかと思います。しかし,DVというのは,決して目に見えるものだけではありません。
例えば,夏のある日,とても暑かったので妻が冷たい麦茶を飲みました。すると,部屋にいた夫から「俺だって暑いのに何で自分ばかり冷たい麦茶を飲んで,俺には持ってこないんだ」と怒られました。夫に怒られた妻は『ああ,自分の気が利かなかったな…』と落ち込んでしまいました。
翌日,また暑い日だったので,妻が冷たい麦茶を飲みました。妻は,夫も暑いだろうと思って,夫の分の麦茶もコップに入れて持って行ったところ,夫から「俺は別に喉は渇いていない。頼んでもいないのに…。麦茶だってタダじゃないんだ,無駄にするな」と怒られました。
さらに翌日,その日も暑かったので妻は冷たい麦茶を飲みました。妻は,夫に対して「あなたも麦茶を飲む?」と尋ねました。すると,「こんなに暑いんだから飲むに決まっているだろう。何でそんなこともイチイチ聞かないとわからないんだ!」と怒られました。
いかがでしょうか?
妻は,自分の喉が渇いて麦茶を飲んでも怒られ,夫の分を準備しても怒られ,夫に麦茶がいるかどうかを尋ねても怒られてしまいました。では,その後,妻が,夫に怒られないように(機嫌を損ねないように)喉が渇いても麦茶を我慢するようにしたらどうなるでしょうか。おそらく,今度は夫から「こんなに暑いんだから,麦茶の一つも入れたらどうだ!」と怒られてしまうと思います。
ここでは,夫は身体的な暴力は一切振るっていません。ですが,夫の言動のために妻が辛い思いをした上,恐怖を感じているのであれば,それはやはり「暴力」の一種です。これがモラル・ハラスメントと呼ばれるものです(「精神的暴力」「精神的DV」などとも呼ばれます)。
「俺だって怒りたくて怒っているわけじゃない」
離婚事件を扱っていると,しばしばモラル・ハラスメントが疑われる場面がありますが,加害者の決まり文句は本当に同じで驚きます。被害者に落ち度があることを強調して,常に自分の方が優位に立ち,被害者を支配しようとします。
モラル・ハラスメントは,身体的な暴力とは違って目に見えない上,被害者の方も自分が被害にあっていることになかなか気づかないという難点があります。加害者は,一見,とても優しく理解があるかのように振る舞うことが多いので,周囲からも「あの人が怒るなら,それなりの理由があるのではないか」と言われてしまい,被害者も被害に気づくどころか「自分が悪いのではないか」と自分自身を追い込んでしまうことすらあるのです。ですが,一方的な支配関係や,常に相手の機嫌を損ねないように緊張していることは,決して健全なパートナー関係とは言えません。法律の世界でも「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護等に関する法律(DV防止法)」で,身体に対する暴力に「準ずる心身に有害な影響を及ぼす言動」は「暴力」であると規定されています(DV防止法1条)。
モラル・ハラスメントの被害者の方は,「自分が我慢すれば良い」「自分が失敗しなければ相手も怒らない優しい人だ」と考えて,一人で抱え込んでしまうことが多いのですが,辛いことを辛いままにせずに,外に助けを求めて欲しいと思います。全国各地にある配偶者暴力相談支援センターでも,もちろん弁護士でも構いませんので,どうか一人で悩み過ぎずにご相談下さい。
(弁護士 押見和彦)